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前略、セチガラ山より。

- boobyn's blog - boobyn とか ブービン とか 津田啓夢 とか Hiromu Tsuda な人のアレ

1年前の炎上を振り返ってみる【加筆修正版】

仕事関連

1年前の5月、書いた記事がネットで炎上し、つるしあげをくらった。おそらく、普通に暮らしている人が炎上の当事者になることは珍しい。すっかり落ち着いた話なので、今一度振り返ってみる。

職業柄、炎上しやすい立場だ。それ自体はまぁ仕事していれば身に降りかかることもあるだろうな、ぐらいに考えている。ただ、いざ炎上してみると性格がよく出る。人に“残酷な好奇心”と呼ばれるほど興味本位な生き方をしているから、「よし、どうせなら正面から燃えてみようじゃないか」と思ってしまった。

炎上の発端は以下の記事。今となってはこの記事でよく炎上したな、って気もする。

 

消費者庁が報道否定――SNSのコンプガチャ問題 - ケータイ Watch

 

これだけでは経緯がわからないと思う。当時ネットで出回っていた流れは以下。いい加減に検索かけただけだから、ほかにもあるかもしれない。自分の名前でエゴサーチすると、すぐにこうした過去のエントリーっぽい残骸が見つかります。

今残っているこうした情報をチェックする限り、多くは株取引関連の人達のようだ。また、当時一部の方からご指摘いただいたが、ソフトバンクさんを応援している方に私が嫌われているせいではないか、とも言われた。本当のところはわからない。

正直、伝えにくいことも伝えるのが仕事だ。間違えるのは仕事じゃないが、時に間違える。だから、嫌われても仕方のないことだと思っている。たとえば、ドコモさんに苦言を呈した記事を書くと、「悪意のある記事」と言われアンチドコモと言われ、叩かれている側の言い分を書けば、金をもらっていると言われる。言論の自由は、言葉の責任を軽くもしたので、こうした言葉はこの商売をやっていると慣れてくる。

話を本筋に戻すと、要するに取材した記事が、他の報道機関のものとはニュアンスが異なっていて、津田というヤツはちゃんと取材をしないし、もう記事は嘘ばかりだし、SNSの会社からお金をもらって書いている、と決めつけられた。

で、まぁ、当時も今も言うことは変わらないが、金はもらっていないし、記事は間違っていない。過去、なんども記事を間違え、間違えたらスイマセンと言って記事を修正している。ネットでは、間違えたら誤りを認めて謝罪するのが、賢いし効率的なやり方だと表いるが、この記事に関しては間違えていない以上、誤りようがなく修正のしようもなかった。

それでも当時、他紙で私の書いた記事とはニュアンスの異なる記事が掲載されると、その都度、自分の書いた記事に誤りがないのか、今一度関係各所に確認をとった。裏取りをして、その都度、記事修正の必要がない内容で確認がとれる。 

取材先にも言われたが、あのとき一番しつこく何度も事実確認していたのは私だ。相手側から言われたのだから、これはちょっと自慢w  そんなだから、他紙が誰に取材をかけたのかも確認するまでもなくわかっていた。余所様は余所様、それぞれ考えがあるんだろう。

と、まぁその記事に関してはちゃんと取材していた(つもり)なのだが、でもね、ネット上では嘘つきの私についてすごい盛り上がっていた。

ネットを介して罵詈雑言を浴びせられ、お前はいつ死ぬのか? と本人に直接聞くなど、普通なら面と向かってなかなか聞けないような言葉もいただいた。ネット上では、言葉の責任はかくも軽いのだ。

面白いことを言う人には、インサイダー取引だから通報したとか、住所を特定したなんて人もいた。ほかにも、ネットらしいプレッシャーのかけ方として、Twitterのコイツが記事を書いたヤツらしいと広める人や、Web魚拓や画面キャプチャーをとる人、前述した2ちゃんねるのまとめサイト的なものをTwitterやメールで伝えてくる人もいました。

今も残っているのかわかりかねるが、当時は事実関係をまとめたWebページなんてのもあったりして、関東で育ったにもかかわらわず「事実ちゃうやん!w」と関西弁が飛び出してしまった。よく言えば事実誤認、悪く言えば嘘があの手この手、いろいろあった。これは人によっては重荷になるだろう。だが僕は、あまりならないタイプだった。

嘘つき呼ばわりされたことで、多少歯がゆい気持ちもあった。でも、信じる信じないはあくまで受取手側にある。なんでもかんでも信じてしまうよりも、マスコミに疑いの目を向けること自体は悪いことではないと思っている。それで、ネットの事実誤認まとめを信じてしまうのも面白い傾向にあると思う。

こちらも手を抜いて書いた記事ではなかった。内容にも自信があった。編集部で取材内容を共有していたから、内側から注文をつけられることは一切なく、状況をぼんやり受け止めながら、人が攻撃的になる様を観察していた。当時、炎上を楽しむ私のTwitter投稿がこのまとめだと少しわかりますね。

 

「コンプガチャが景表法違反の方向で検討」は事実--消費者庁がコメント :: げぇむのみらい|yaplog!(ヤプログ!)byGMO

 

……私は元GREEの人になっている。まさかGREEで働いていたとは今の今まで自分でも知らなかったので、かなりビックリする。まぁでも、そうでも考えなければ、他の報道内容と違う私の記事が解せなかったのだろう。気持ちはわからんでもない。

とはいえ、情報のソースを明示していないとして批判を受けたのも事実。

企業のトップなどキーパーソンの発言や、インタビュー取材に応じていただいた方なら個人名を出すが、組織の見解というか姿勢を報じる上では、個人名は出さないのが当時の培媒体のスタイル。この時、それが疑問視された。

結果的に最後までそのスタイルを貫いたことで、後日お褒めいただくこともあった。しかし、読者の中には気に入らない方もいたはず。なにしろ他社は個人名を出していたのだから。

前述した通り、一番しつこく事実確認していると言われたのは私で、なのに、他社と報じた内容が違ったんだ。そりゃ不思議だ。当時、読んでくれた人は事実が異なる点を不思議がるかもしれないが、僕は不思議なのは他紙の報じ方の方だ。もう一歩踏み込んでくれたら、それがどういう意味を持っていたかわかったはずだから。

 

ま、それはいいとして、炎上すると人の本性が見えるようで面白い。

 

面識のある人たちには、「よ、炎のストッパー!」と軽口を言ってくれたり、気持ちが滅入ってないか声をかけにきてくれたりして、そうした心遣いに勇気づけられた。また、炎上に特に触れることなく、いつも通り接してくださる方もいてありがたかった。

 

びっくりしたのは、Twitterなどソーシャルサービスを介して知り合いになった読者の方や、普段のくだらない投稿を楽しんでくださった方たちの反応だ。メールなどを通じて、かなり励ましの言葉をもらったし、普段を知っているから今回もことの成り行きをしっかり見守ると言っていただくなど、たのもしい言葉をもらった。自分のようないい加減でだらしのない人間でも、どこかで理解者がいるのだと思って嬉しかった。

 

とりあえず、好かれようが嫌われようが、そんなこと気にせずこれからも頑張ろうと思う。プライベートは好かれるように努力しますとも! 俺だっていつかは嫁さん欲しいし。

 

ところで、こういう話の締めくくりに炎上の教訓めいたもの、必要なのだろうか? たぶんその手のものは他にもたくさんある。

 

あえて言うなら、自分がちゃんとしていなかったために燃えたなら、自業自得ですぐに謝る方が傷は浅い。自信があるなら、他人が何を言おうが自分の正しさを主張し続けた方が、結果的に信用は高まるはず。

 

ネットで何か言われても、拳銃を向けられることもナイフを突きつけられることも、命の心配はほぼない。だからといって無責任になることなく、責任を全うしているならば燃えていることを楽しんだ方がいい。ちゃんとやっているなら、捨てる神がいたとしても、たくさんの拾う神がいるものだ。たいていのことは、大丈夫だと思う。

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