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前略、セチガラ山より。

- boobyn's blog - boobyn とか ブービン とか 津田啓夢 とか Hiromu Tsuda な人のアレ

8月 - 9月後半の日記:「誰がために鐘は鳴る」とか言いつつ、もう一人の自分のための元気玉ブーメラン

仕事関連

http://miil.me/p/3z8kn



仕事しなきゃいけないんだけど、どうにも最初の一歩が踏み出せないでいる。躊躇している時間の余裕はないからちょっと振り返り気晴らしブログにお付き合いください。




引越からの パリ・ベルリン

8月の後半に引っ越した。いつの間にか更新期限が迫っていたらからだ。

ずっと東京の西側諸国に住み続けているから、今度は東側にした。実は東側にはずっと怖いイメージがあって、どうして知りもしない東側に臆病風を吹かせるのか気になっていた。結論から先に言うと、知らないから怖いのだ。生き物として正しい恐怖の感じ方だと思う。以前住んでいた街の思い出動画。


でも、それでいいのか。簡単に解決できそうな怖さにふるえて、簡単に広がりそうな世界を手放すようであっていいのか。性格的にそう思ってしまったら、もう後には引けない。エッジを際立たせて東の歓楽街かかつての遊郭に住まいをしぼって決めた。

おそろしくバタバタした引越を終え(片付いてないけど汗)、一息つく間もなくベルリンの取材が待っていた。冬に大きなイベントを計画していて、その企画を考えねばならなかったから、飛行機の中と乗り換えのパリでその作業をした。




失敗、チャレンジ


実はそれをちょっとカッコイイなと思いつつ、夢中になってパソコンに向かっていた。するとパリで乗るはずの飛行機が飛んでいってしまった。搭乗ゲートの前で3時間前から作業していたのに、夢中になりすぎて周りが乗り込んだのにも気づかなかった。結局、次の便に振り替えてもらって事なきを得たが、ヘタに乗り継ぎの航空会社を変えていたりするとやっかいだった。

今回は現地から発表会速報にもチャレンジした。僕は英語がわからない。なのにおそろしく集中力が高まると、何を言っているのかわかるようになる。それは日本語ではなくて英語なのかもあやしいが、言語で伝えられるのはせいぜい2割程度と言われているから、違う部分のアンテナが途端に敏感になるのかもしれない。

それにしても、まさかベルリンで新居のガスや電気、水道、ネットの準備をしたり、日本からの取材依頼をこなしたりするとは思ってみなかった。なんとか乗り切れたのは、ベルリンにはビールがあるからかもしれないw 基本的にいつだって一人だ、孤独な戦いには慣れている、そんなことを思った。



http://miil.me/p/3znpk
http://miil.me/p/3zhd5




帰国からのiPhone

帰国後はその足でいくつか会議に出て、そのままiPhoneの発表にのぞんだ。iPhoneの発表が終われば、すぐに今度は国内のiPhone絡みの動きをとらなければならない。ちなみに、帰国後お会いした英語を話す人の言葉は一切わからなかったw 自由にスイッチが切り替えられるといいんだけど。

http://miil.me/p/401fw

記者は外に自分の仕事が見えて、それで能力が評価される。だから記事も書く僕は記者だと思われがちだけど、それは仕事の1つの側面でしかなく本業はEditorだ。

今の媒体に引き抜かれた時も媒体ブランドをアクティブにすることが求められた。もはや単純にPVが売りになる時代終わっていて、でもそこを意識しているメディアは少ないような気もしている。温度感があって読者に手触りを感じてもらえるメディア、クライアントにもその手触りを共有してもらえるメディアになるために、もっと経験を貯めなければいけない。

アイツが移ったからあの媒体は変わった、と言われなければ仕事をしていないことになるからハラハラヒリヒリするな、しかし。

http://miil.me/p/40g1a

iPhone絡みの取材をこなしつつ、今回の新モデルの空気をつかんでタイミングよくあたたかい料理を出さなければならない。適切なタイミングで料理を届けなければ、料理は進まない。箸の進まない料理は、たとえ美味しくてもやがて冷めてしまう。お店として適切な料理が出せれば、僕はシェフである必要はない。実はちょっといろいろな人の内なる奮起に期待しているところがあったのだけど、それは不健康な期待になりそうなのでやめた。チャレンジしてくれそうな人にチャンスを提供し、ブランド価値を高めることに集中する。

適切な見映えで、適切な香りで、適切な店の雰囲気で席についたその人のために料理を送り届ける。届かなければそれは「ない」のと同じだ。店の周りには競合もたくさんいるから、そことは違う輪郭のある料理を出さなければ店をやる意味がない。「その人」に喜んでもらわなければ、そもそもメディアは媒介にはなれない。

http://miil.me/p/40gwj

記者稼業、編集稼業

書く上でそれは記者の仕事だが、企画の上でそれは編集者の仕事だ。書く者は書くのが仕事であり、生産者としてマシンになれるかどうかも1つの能力だと思う。編集は書くための道筋をつけ、結果を想像して適切な料理に仕立てアフターケアをする。マシンになって過去のやりくちをこなすことも可能ではあるが、お客さまがそれを喜べば、の話だ。

iPhoneはとくに競合も注目する分野なので、Webメディアは速報性が期待される一方、メディア側も速報性にとらわれる。他者がそのとらわれにあるとわかれば、当たり前のことだがより刺激の強いものや、反対に口直しのシャーベットが必要になる。媒体単位でそのバランスをみながら、媒体の外の空気もみながらバランスをとる。

http://instagram.com/p/sT1gaSCw-G/

書くことの価値

水を運ぶのも大事な仕事だから、適切なタイミングで水を運べるよう研鑽を積む。

これからのWebメディアは記事を書くことの価値が相対的に著しく下がっていく。価値は下がるが書けることが必須の能力で、そこを飛び級したい人はパクる人にならざるをえない。書ける上に何があるか、水を運べるのか、富を産めるのか、人を導けるのか、人が集うのか、笑顔を呼べるのか、話を聞けるのか、目の前に突きつけられた刃物が言う「アンタは何ができる?」にビビリながらやることになる。

そういえばここ最近、リリースの内容に関する相談や発表会に関する相談を受けことがかなり増えた。面白いことにほぼ共通するのが「誰のため」が抜けている。私が作った料理がおいしくないわけないし、きっと美味しがる。そう思って商売するだけの体力が会社にあれば無駄な鉄砲を撃つのもまた、経済貢献かもしれない。

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だが、届ける相手のいないメッセージはブーメランのように自分に返ってくる。それはPR担当だけでなく、同じことが記者にも言える。送るのが目的ではなく届ける、相手に伝わらないそれは、自分で作って自分で食べる料理で、仕事ではない。

全ては「誰がために鐘は鳴る」だ。あの鐘は誰のための鳴っているんだろ? と思いながら、キミのためのコンテンツを届けていかねばなるまい。あまり寝ないでいたら、駅で寝倒れてしまったのでそれは反省。たくさんチャレンジをしながらたくさん失敗もして、もっとワクワクしずっとワクワクできる何かを届けていかねばなるまい。

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本日、日本のジャーナリストにブラジルっぽいと言われ、メーカー担当にジャマイカと言われ、見ず知らずのイタリア顔のプレスにどこから来たの?と聞かれジャパンと返答したらマジで? と言われたのがこちらのおじさんになります