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前略、セチガラ山より。

- boobyn's blog - boobyn とか ブービン とか 津田啓夢 とか Hiromu Tsuda な人のアレ

『ロングエンゲージメント なぜあの人は同じ会社のものをばかり買い続けるのか』について

書籍関連

ロングエンゲージメント なぜあの人は同じ会社のものばかり買い続けるのか

広告にまつわる事例とソーシャルネット時代の広告のあり方についての本。2011年の本なので目新しさはないものの、事例紹介の退屈さを除いては面白い内容でした。おそらく広告PR界隈の人なら事例紹介も楽しめるはず。

私はこの本をメディア芸人という立場で読みましたが、広告が通る道はメディアのコンテンツにも言えることで、キャッチコピーの「もう『シゲキ的!』では人は買わない」に集約されているように、受け取り手とどう一緒に歩めるかなんじゃろうなと。そんなことがここ数年、輪郭がはっきりしてきた気がします。

ソーシャルメディアと共感というキーワードはもうすでに使い古されまくっていますが、話が整理されれているので、受け手とのコミュニケーションについて頭を整理するにはとてもいいと思います。


私はよくライターさんに「伝えることに迷ったら、読者を想像しないでください」と言います。それはどこにも受け取り手がいない文章になるからです。それならば「俺が好き!」で貫くか、より具体的な身近な個人に伝えた方が文章がアクティブになります。

何か伝える時、父親に母親に、恋人に、友達に同じ形で説明しないはずです。友達でも、地元の旧友なのか、大学の友人なのか、社会人になってからの友人なのか、性別によっても同じ説明ではないんです。面白いことに、誰か特定の個人に対して伝える文章を書くと好き嫌いは分かれるにせよ、言葉が通じます。氷の上を言葉を上滑りして内容が入ってこない、そんな状態がふせげます。

伝えることが腑に落ちれば、刺激に頼るビジネスモデルから離れられます。ここ最近、ソーシャル上での拡散力を口にする書き手が増えましたが、それは本質的なことじゃありません。それは見映えのコントロールであり、料理で言えば盛り付け。おいしい鮮度、おいしい調理の上での文章におけるデザインの問題だと考えます。大手マスゴミ以外、おいしい体験を提供できなきゃその客の2度目はないんです。

ロングエンゲージメント、日本語でいえば「ごひいき」ですが、それには相手が対等な人であるというのが大前提にあるはずです。広告界隈の人でなくとも、そういう意識を客観的に得たいならこの本けっこういいかも、そう思いました。

ロングエンゲージメント なぜあの人は同じ会社のものばかり買い続けるのか

ロングエンゲージメント なぜあの人は同じ会社のものばかり買い続けるのか